娘は、小さ頃から私の手を放さなかった。
幼稚園も行きたがらず、ワンワンと泣き叫ぶ娘を
無理矢理、先生が抱きかかえて連れて行っていた。
小学校も、「怖い、怖い」と言って、行かないことが
ほとんどだった。
私は、心配で、強引にひきずるようにして、娘を
連れていった。
だけど、途中で足が止まり、結局学校に行けず、家に戻る日が
続いた。
登校途中で、泣き叫ぶこともしばしばあった。
そんな時は、娘は人の目なんて、目に入っていないかのように
大声で叫んだ。
娘は、「友達と粘土の色が違う、名前の書き方が違う」という
ささいな理由で行けなくなっていた。
何かひっかかることがあると、まるで石のようにカチンコチンに
体が固まってうんともすんとも動かなくなる。
一時期は、外に出ると、忍者みたいに腰をかがめて、ササッと
自分の姿を隠すように行動する日もあった。
そんな娘を見て、私は、胸がチクチク痛み、辛かった。
なんで、この子は、”普通”に学校に行けないんだろう?
夫は、変わり者ではあるが、娘には、夫なりに精一杯愛情を注いでいるのは
私には、伝わっていた。
娘を無理矢理学校に連れていくために、車に乗せてそこから降りるのに、
1〜2時間かかることは、よくあったし、午前中つぶれることもよくあった。
そして、娘をはがゆさで怒ることもよくあった。
昔は、鬼のように娘を怒ったなあ。
でも、今でも覚えている、まだ小学1年生の娘が、泣きながら私に言った言葉。
「私は、ママといたいだけなのに、それの何がいけないの?」
あの時は、言葉が出なかった。
そうなんだ、私は、なんでこんなにみんなと一緒の行動を取らない娘に
怯えているのだろう?
そう、私は怯えているのだ。
小さい頃からのトラウマを背負って、ずっと生きてきているから、
あらゆることに世間と違うことに、恐怖を感じてしまう。
私は、娘と息子には、明るく笑って、「普通」に生きて欲しい、と
願っている。
でも、それが”怯え”となって現れているのだろうと思う。
そんな風に、自分の気持ちを内観して、ずっと自分の傷を癒してきた。
今は、いろんな助けがあって、娘は、学校生活を楽しむことができるようになった。
それは、私の中で少しずつ安心感が広がったからだと思う。
その安心感は、今のメンターに出会うことで、作られていった。
メンターは、いつも安心感をくれる。
本当に精神的に支えてくださり、それが家族の笑顔を増やすことにも
つながっていて、すごいお方だなあ〜と感じる。
メンターに感謝。
奇跡に感謝。
この間、娘が教室にいるのが苦しくなって、担任の先生にふせんで、
自分の気持ちを伝えた。
人によっては、当たり前にできる、「伝える」ということ。
でも、娘にとっては、とてもハードルの高いこと。
それでも、私は、娘が大好きだし、とても感受性が高く
人一倍心がキレイだ。
だから、生きていてくれることに
存在してくれることにありがとう、と思う。
